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タイトル:好意への戸惑い
藤 秋人 (Twitter
公開日:2011/10/17

 どうして? 何も知らない癖に、私なんかを好きになるんですか。
 でも、貴方に嫌いになられるのは、凄く辛いのです。悲しいのです、哀しくて。もし叶うなら、この胸ごと引き裂いてしまいたい。そうすることで、この傲慢や偽善にも似た、自己嫌悪から逃れられるのなら。


――普通、人から嫌われる事は簡単で、好意を寄せ続けて貰うことはとても難しい。
――特に、好かれている人は、相手を簡単に嫌いになれない。けど、好かれる理由が分からない。


 人間の好き嫌いは、時として建築物に例えられる。作るのに、数十年。壊すのに五分。
 一方で、友情や愛情をこう言う時もある。決して揺るぎない物、と。

 私、そして今これを読んでいるであろう貴方も 『人から嫌われるのがたまらなく哀しい』 のだ。私達は、そんなに良い人間じゃ無い。醜い嫉妬も、冷淡な裏切りも、非情な行為にだって…… 自分の為ならきっと出来る。けれど、切り捨てる痛みを識っているんだ。だから、貴方達に何も出来ない。そんな指先と唇が触れるか触れないかの距離感に泣いている。

 私達は、日々こう思う。

「好きで居てくれて嬉しい。出来ればもっと好きになって欲しい。けど、私が心の裡を貴方に見せた時。君は私を捨てませんか、失望しませんか。何一つとして、立派でも無い。貴方が見ている私は、虚像でしかない。隠してる、言えない、触れて欲しくない棘もある。けれど、私が貴方達の好意を懐に受け入れた刹那。貴方は、私を切り裂いて去っていくのでしょうね」

 なのに、嫌いを突きつけられた切ない痛みを知っている。故に私達は、拒めない。

 我々は、人を好きになりたがる生き物だ。
 誰だって、全てを憎んで生きてはいけない。

 だと言うのに、人間は自分を守る為に 『嫌い』 のラベルを貼りたがる。自らを好いていてくれる人を無下に扱えない。だから、この人嫌いだよ―― そうやって自らを守る。

 相手を真っ直ぐ見つめる事は難しい。
 西暦一九四五年以降、世界に有害な放射性物質がそこらかしこにあることを認めるように
 なぜ、好いてくれるの? そして、私の何を見てるの?


 私も、割合印象の悪い人間では無いと、何となくそう思っている。そして当然…… 同じような悩みがある。そして、このやり場の無い焦燥と恐怖に十年以上怯えた。
 私や貴方が、もし大勢の人から好かれているとしたら、それは痛みを識った上でそれでも真っ直ぐ相手を見ることが出来る。そう言う心、あるいは魂のような。知識や常識を越えた『暖かみ』を貴方が持っているから、好かれるんです。

 かつて文通と言う物がありました。勿論、現代の潮流に乗り切れて無い部分はあるかも知れませんが、未だに存在します。  色々なパターンがありましたが、場合によっては互いの素性や姿形が分からない事も多かったのです。文章、声、手と手が触れあう暖かさ、音楽。何でもない、貴方が見せた通りの貴方を皆好きになったんです。だから、色々な自分を率直に出せる君の事が、皆大好きなんですよ。

 何より、誰でも無い自分であろうとすること。あり続けようとすること。
 嫌な事を嫌と言えて、好きな事を好きと表現したり、言葉にすることが出来る。
 そんな貴方がたまらなく魅力的なんです。決して、それは私達や貴方が過大評価と自己嫌悪の上に笑顔の仮面を付けている訳ではないんです。

 そのペルソナ、本当に自分の為に付けているだけでしょうか?
 大切な人の為に、つけているそれは。重ねる内に貴方の一部になるんです。だから、好かれるのは、貴方が他の誰でも無い。作り物でも、紛い物でも決してない。君だからなんだよ。

 筆者は、そんな貴方が大好きです。
 今、これを読んでいる貴方は、私の事を少しでも好いてくれていますか。僅かながらでも、嫌いじゃないなら、私から貴方に差し向ける好意は決して過大評価でも、何でも無いんですから。そのままで、良いんだよ?


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