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悪友
著作:藤 秋人
(第一回大更新フェスタ作品)



 私には、今年で十五になる孫がいる。息子が三十の時に出来た子供だから、私にとっては待ちにまった孫の誕生だった。老後の楽しみ、そんな言葉は虚構でしかなかった。妻には大分前に先立たれ、趣味と言う趣味もない。
 そんな私も老い、更に老いた。そんな時に孫が生まれた。私はおじいちゃんになったのだ。


 それはさておき。


 時は流れ、孫は今年で十五になった。毎年遊びに来る彼が、なぜかここ数年は私の家に着くなりどこかへ行ってしまう。まるで、この土地で親友でも見つけたように。実際、彼に聞くと 「そんな友人なんてくすぐったいもんじゃあない」 と言う。時代が彼にこん芝居じみた台詞を吐かせているのだろうか。私が彼ぐらいの頃は、もう少しメリハリのある青春を送っていたような気がする。

「あいつはさ、そうだなぁ。じいちゃん悪友って分かる? 」

 悪友。悪い友達のことか。
 それは良くない、そんな友人は持つもんじゃない。私は激しく孫に言った。ある意味寂しかったのかも知れない。子供もやがて大人になる、その過程で当然両親は老いてゆくし、老兵はただ散り行くのみ… とも言う。彼が成人して曾孫を見ることができるかどうか。

「むう、分かったよ。でも、今あいつと付き合いやめると楽しい夏もつまらなくなりそうだから。ごめんな、じいちゃん」

 心底申し訳なさそうな顔をする彼。悪友と言いつつも親友に近いものなのかも知れない。ああ、私も言い過ぎた。そう慰めると、彼は素直に私に笑顔を見せた。そしてそのまま、遅くなると一言告げて出かけてしまった。
 一人で住むには広すぎる家、その居間でテレビを見ながら新聞を読み、さらに紅茶とスコーンを広げ、さも楽しい午後であるよう自分を騙すしか自分を慰める方法はなかった。

「悪友か」

 思いを遠く過去に飛ばす。確かに自分にも若い頃があった。それは孫と、どれ程の差があったのか検証してみることにした。よく今時の若いものは… と言うがあれがどうも私は気に入らなかった。自家製のスコーンを一口齧り、胸ポケットにしまった懐中時計を見る。まだ午後の三時を少し回ったころだった。
 長考に浸っても、問題はないように思えた。



 さて、時代は遡り約半世紀前に戻る。社会は新たな局面、個人主義と公の喪失に直面していた。少なくとも後年見た本にはそう書いてあった。
 だが、当時やはり孫と同じ歳くらいだった自分はそんな重大に考えていただろうか。
 否、断じて違う。

 一言で言えば、堅い信頼や熱い友情なんてそれこそ、暑苦しいと感じてしまう素直じゃない人間だったと思う。当時流行の服を着て、流行の音楽を聴く。誰となしに言い出す、つまらないという言葉に頷き合う。かと思えば、突拍子もないことをしでかし随分と親に心配させたものだ。

 なるほど、あの頃の仲間は悪友と言えなくもない。

 ただ、年月を重ねた今は悪友の意味も若干変わっているような気がした。
 あれは、ただの寄り合い所帯。たまたま迎合した群れに過ぎない。あれを悪友と呼ぶには曖昧すぎるし、かと言って親友というには程遠い。皆、まだ生きてるかとは思うが、どう考えてもとっくの昔に天に召されていそうなのはいた。知り合った頃には激しい麻薬中毒で四六時中ラリってた男。

「そうだ、ヤクさんだったな」

 あれは流石に生きてはいまい。

 そう、思い出していくうちに我が孫のなんと健全なことよ。そう叫びたくなってきた。そして、何をどうして自分はこんな風になってしまったのか。それを知りたくもあり、また知りたくないような気がしてきた。

 十代後半の記憶を探ってみる。
 ついでに紅茶をコーヒーに変え、思考のベクトルを変えてみることにした。老人の思考体系で考えるから、今の考えについていけなくなるのだろうし。思い出し、呟かないまでも言葉に変換しようとするだけ、あの頃に戻れるような気がするから。

 それでは。ヨウ、ちぇけらっちょ。

 一言でいえば、タリー毎日だった。先公はうるさかったし、家に帰れば親もうっせー。恋人には愛想を尽かされ、嘘だろ? ジョニーたったの三日でこんなに良い顔できるなんて、ヘイ・リンダこれもあれも全部このマットレスのお陰さ。わけわからねぇ。
 そういい切れるような、うざったさ。無駄にシリアスをぶつけようとする自分に素直にムカついて、夕日に向かって叫んで見たり、電車の走る鉄橋の下… それも河川敷で殴り合ってみたり。やかましいケータイのメールにブチ切れて携帯電話ごと叩き割ったり。
 今思えば、いったい俺は何をやってたのかねぇ。何に苛々してたんだか、遅い反抗期だったのか思春期だったのか。

 そういや、当時黒髪の奴が珍しいくらい皆染めてたから。思わず言っちまったよ。

『思春期してるぅー』

 アイツと一緒によく中学生とかからかって遊んだっけ。てか、切れた中坊に因縁つけられてアイツが逆切れして宥めるのに苦労したな。

 そう言えばアイツって誰よ?

 ちぇ、ちぇ、ちぇ… ちぇけらーーー! いえぇぇぇ。



 疲れた。
 コーヒーは老いに任せた脳を激しく刺激した。おかげでいい加減かつやや鮮明な十代の記憶が蘇って来た。結局、親友とよべるようなロマンチックな友人は何となくいなかったようだ。
 そんな事が分かったところで、嬉しいことなど一つもない。唯一いたらしいのは、既にこの世にいないだろうヤクさん。もっとも彼は友人とも呼べなかった。
 そして、アイツ。名前も思い出せないのだからロクな友人ではあるまい。

 再び、今度はほうじ茶を湯のみに注ぎ、洋服から和服に着替え、すっかりなくなってしまったスコーンの皿を洗ってしまい、今度は代わりに海苔煎餅を出す。そして、午後四時のニュースを眺めながら過去への巡礼と行こうか。そんなことを思っていた時だった。

 インターホンの音が響く。
 一回、二回… はいはい、今行きますよと受話器を取る。モニターには私と同年代かそれとも遥かに年上かも知れない男がインターホンのボタンを連打している。
 インターホンの音がまだ響く。

 年寄りの歳なんて、それこそ年寄りですら分からないだろうな。
 そう言ったのは誰だったか。確か近しい友人だったような気がするが。

「どちらさま? 」

 すると、男はインターホンを押すのをやめ心底意外だ。そんな顔をする。

「おれだ」

 しわがれていたが、その声には覚えがある。昨今、犯罪も流行っていると言うのに私は無用心すぎた。迷わず玄関まで走り、ドアを開ける。どでかいウイスキーのビンを持った男は一言だけこういった。

「久しぶりだな、まぁ飲もうや」


 飲まされ、飲ませ。爺二人にしては無茶無謀としか言いようのない酒盛り。
 健康に悪そうなジャンクフード、食べるだけで血圧が上がりそうなスナック菓子。どうせ一軒家なのだからと大音量で流れるロック、ヒップホップ、クラシック、オペラ、ポップス。

 思い出話から始まり、やや暫くして罵り合った。軽く家具を粉砕し、酔った勢いで爺同士のディープキスをデジタルビデオで撮影していたときだろうか。

 不意に響く声が、爺二人を現実に強制送還させた。

「うわ、じいちゃん… 」
「あれがお前の爺さんか、もう一人の親友かどうか。ハードと言うかイカレてるな」

 孫と、見知らぬ少年。この少年が悪友なのだろう。
 ゆっくり唇を離し、じりじりと二人に迫る私と彼。明らかに怯えている彼等を見る私たちはきっと楽しんでいたと思う。

「ほーれ、おじいちゃんがチューしてやるぞ」
「おい、そっちのボンズもジジが熱いチスを教えてやるからな」

 彼等の顔がどんどん青白くなっていくのを内心、面白く思っていた。
 老いた自分が、だとかそうだどうだなんてどうでも良かった。
 酔った頭と、冷静な頭両方がこのお遊びを支持している。それだけが快感だった。

「「この変態ジジイ」」

 感極まった彼等の言葉に、不覚にも爺二人大笑いしてしまった。
 私はその勢いでソファにダイブし、彼は笑いを必死に堪えながら彼等をなだめている。くそ、いつも美味しいところを持っていくのはアイツなんだからな。

 少しばかり悔しかったが、悪くはなかった。

 そして夜。


 ふてくされた孫が、憮然とした表情で問い詰める。

「ねえ、じいちゃん。その人いったい誰なんだよ」
「そうだよ、あの時のアレは尋常じゃなかったからな」

 孫と、自称孫の悪友は信じられないと言った目つきで私達を攻める。

「誰と言われてもなぁ? 」
「わっかい二人にゃ、教えられんなぁ〜」

 更に憮然とした表情に変わってゆく、孫達に彼は優しく語りかける。

「それにしてもお前さんがた、随分仲がいいじゃないか? ホモか? 」

 孫達の目が点になる。逆に今私たちに同じ質問でもされた日には、私たちは耐えられないだろう。ナイーブな老人力はたちまちその力を失い、二人とも天に召されるに違いない。

「モ、ホモっ、ホモなんかじゃない! 」
「そうだ爺さん、どっちかっていうと悪友。ほら悪友とかいうやつだよっ」

 カッカッカッ… そう笑う彼を見て、私はこう言うことにした。

「そうだ。これが悪友ってもんさ」

 笑い会う爺二人に彼らはすっかりおびえきってしまったようだ。だが、それも慣れれば彼らの本性も明らかになるだろう。同じ悪友を持つもの同士、今日は楽しくやろうじゃないか。え?