Diary......may 2004
管理人の主な行事→バイト探し、最近大学以外何もしない生活に嫌気が…
今月の更新予定→ 調子付いてるので色々脱稿しそうです

一ヶ月前へ一ヶ月先へ

2004/05/31 title = 硝子の心
  ふと、思いついたものの作品に至らない文章を今日はここに載せてみる。

----------------------------------------
ガラスの心

 ざあざあと、雨が降っている。水が跳ねるどこか生き物のような音、空から落ちてくる幾千本もの槍のような音。トタンやねを叩く鈍い音。いくつもの種類の音が雨音を雨音たらしめていた。何も映さない濁りを帯びた瞳を往来に向ける、が当然何も視えはしない。ただ、空から舞い降り摂理にしたがい地面にその身を打ち付ける水の音を聞いているだけ。

 この目は見えない、そんな彼にとってはあたりまえ過ぎること。けれど、雨の降る空はどんな色をしているのだろう。それを確かめられないことが悲しかった。

 いつか、この目が目として働いていた頃のことを彼は覚えていない。
 見たはずの青い空も、知っている筈の街の色すら覚えていない。

 ただ、覚えているのは雨の色、水の色、ガラスの色。
 溜まった雨水は鈍い銀色をしていた。井戸の水はダイヤ色と青色が混じっていて、ガラスは何の色もないけれど、光に当たるとすごく綺麗だった。

 そんなことを覚えている。遠い、遠い、ずっと昔の色褪せた記憶。

 今、窓の外には銀色の雨。ざあざあといいながら幾千、幾万の銀の槍が地表に打ちつけられている。今、地面には水溜り。落ちた槍は砕け散り、ダイヤを薄く延ばしたような輝きを放ち、星のがほんの少しだけ混ざっていた。手に触れているガラスはきっと綺麗に輝いているのだろう。

 彼は振り返り、座っていた椅子から立ち上がるとふらふらと歩き出す。
 そうだ、これを母さんに確かめてもらわなければ。

「母さん、母さん。雨が降っているんだ。母さん」

 途中、サンドバッグがぶつかった。そいつは妙に生っぽくて少し厭な匂いがする。

 母と彼が住む、小さなアパートメントには彼しかいない。

 きっと母は信じてくれないのだろう。答えたくもないのだろう。絶望が彼を襲った。ざあざあと雨の降る音がする。それはきっと綺麗な銀色、幾千もの槍のよう。それはきっと薄く延ばしたダイヤ。窓の硝子は千の喜びに染まる。そんな綺麗な世界は、悲しい彼をいつまでも癒してくれなかった。

 彼の心を素通りするかのように、今も雨は降りつづける。彼の母がまだ揺れている埃っぽいアパートメントの部屋には、膝を抱えた彼しかいなかった。

----------------------------------------

 こんなに暗いのは、先日ど偉くシリアスな小説と感傷的な歌聞いたからに違いない。


2004/05/30 title = 過去への巡礼
 偶には、幼いころの思い出のままに過去への巡礼なんてのをしてみたいと思う。つまり、懐かしのあの味を求めに当時あった店へ向かったり、しばらく乗ってない路面電車に乗ったりそんなこと。

 子供の頃、地下街にあったサーティーワンアイスクリームと言う店で良くオレンジシャーベットアイスを食べた。今はもう地下街にサーティーワンはない、だから友人と図書館へ出かけるがてら自分の知る中で唯一生き残っているサーティーワンで食べた。

 久しぶりに食べたオレンジシャーベットは少し酸っぱかったように思えた。

 行き帰り、友人といろいろと話した。やれ、自分を安売りするなだとか。今日は暑いとか。その他愛のないやり取りは、至極平凡で日常を謳歌していると言うのはおそらくこう言うことなのだろうと思った。

 夕刻となり、放送やサイレンが鳴った訳でもないのに私は友人と別れた。
 しかし、自転車を漕ぐその姿は遠くから見れば子供のように見える。そう思えば、間違いなく自分は過去の自分との邂逅を果たしていたのだろう。

 曇天の空が、雨を予告しているように思えペダルを漕ぐスピードを上げさせる。漠然としている新しい物語のアイディアが、自分と、今日再会したと錯覚しそうな過去の自分自身との対話で一瞬だけ酷く。

 鮮明に見えた気がした。

 それを声に、あるいは記憶に焼き付けようとした時には既に霧散してしまっていた。口惜しく思いながらふと現実に返ると、頭に鈍い痛み。
 それは果たして前日の睡眠不足なのか、はたまた拡がりすぎた刹那の心象風景が残した副作用なのか。未だに課題が終わっていない事実に今更気づきつつ、日曜が終わる。


2004/05/28 title = 新たな出会い
 なんて書くとそれこそ出会い系サイトから目をつけられそうなのだが。今日、新たな出会いを経験した。この日の札幌は本当に暑くて最高気温が24度、風も殆ど無くやや夏日。
 もっとも、本州… それも首都圏や関東以西に住んでいる方からすれば涼しいくらいなのかもしれない。しかし私は生まれも育ちも北海道、北海道人にとって二十二度以上は間違いなく感覚的に真夏なのだ。

 そんな日だと言うのに、大学へ足を運び、アルバイト? の面接にスーツ姿で赴かねばならなかった。黒が好き、と言う自分の嗜好を呪いながら歩く。慣れない電車 (市電) に揺られ、空調の効いたビルで面接を受け、ついに精も根も尽きた。

 時間にして午後二時少し前だったような気がする。

 家の前まで連れて行ってくれるバスを待つばかりとなった私は、既に死に体だった。喉は枯れ、暑さに脳がやられ、脳内自分総会 (脳の中に拡がる宇宙国家機構の総会) では既に緊急事態宣言と連合軍の結成が急がれ、どうして自分はわけの分からないことを考えるのかさえ億劫になっていた。往来には涼しそうな格好をする同年代の女性、いいなぁそのビジネススーツ… 涼しそうで。自分が着ている夏物のソフトスーツも涼しいには涼しいが、風がなければ只の黒いスーツ。暑いわけだ。

 ふと、唐突に頭に一つの名前が浮かんだ。
 「とろけるまんごー? 」

 何時かこのサイトで、かのプリンシェイクを取り上げた時に掲示板で教えてもらった美味しいとされる飲み物。確か法の子… 否々、ローソンで売っているはずのまだ見ぬ新製品。
 万が一、爽やかで飲みやすければバスが来るまで私は救われるだろう。

 もう迷わない、信号を渡ってすぐのローソンに飛び込んだ。

 それからは良く覚えていない。暑さにやられてしまったのだろう。気がつけば、家の中でとろけるマンゴーを飲んでいる自分がいた。美味い、幸せだよ。少しばかりどろりとしているような気もするが、コップにあけ氷を入れれば丁度よい。こうして、新たな出会いを果たしたのだが。果たして新たな職場との出会いを果たすことが出来るのだろうか?

 とりあえず、来週月曜の午後に返事が来ると言う。
 悲しくも、その日は同種の別の面接が入っているが。受けるべきか、信じて受けざるべきか… 。とりあえずはギリギリまで家を出ないようにしようと思う。


2004/05/26 title = いいソフトを手にいれた
 三日ほどこの日記をつけていなかった。もっとも心躍る話題もなければ、今月脱稿する筈だった原稿も未だ五割ほど。目の前には課題の山、さて如何にしたものか。

 さて、ようやっと執筆に充てる時間の目処がついて来た。例によってそれは週末だろうが、確実に次の週末には何かしらの公開が出来るだろうと確信している。それはおそらく連載物でだろう。

 先日、Story Editorと言うソフトを入手した。俗にアウトラインプロセッサと言うらしい。各項目を分けて書くことが可能だったり… つまり設定から草稿・原稿に至るまでひとつのファイルで管理・執筆が出来る優れものである。これを知り、膨大で一々参照するのに手間の掛かる連載の執筆をこれで行うことにした。なるほど便利だ、連載や短編連作を書く時には重宝するだろう。
 が、短編・掌編は使い慣れたエディタで執筆したほうが良さそうだ。短いものを書くには若干向かないような気がするし。

 さて、短編・掌編と書いたが。厳密に言えば両者ともさほど差はない。
 そもそも、短編とは原稿用紙五十枚程度 (前後) までの物を言い、掌編は原稿用紙五十枚未満程度の物を指すと言う。具体的に表すなら、ダニエル・キイスの 「心の鏡 (早川書房刊 稲葉明雄・小尾芙佐 訳)」に掲載されている 「限りなき慈悲」 などは大体原稿用紙で70枚程度だが、短編と言えるし、これを中編と呼んでもいいだろう。
 同じように掌編と言えば当サイトに掲載されている 「短編」 と分類している作品がそれに当たる。有名どころを出せば、星 進一のショート・ショートが掌編に当たる。が、これも見方を変えれば短編とも言えるだろう。

 ふと、リンクサイト様を巡れば必ず良作にブチ当たる。サイト管理人として、また一人の読み手としてお付き合いさせていただいている方の作品が読め、それが素晴らしいものであることに喜びを覚える。今日明日にでもまた読みに赴こうと思っている。小さな物書きとしてこれ以上の幸せは、ない。


2004/05/23 title = 苦節一日半
 先日、二十二日に友人と買い物に出かけた。それだけならなんでもない、どこにでもある二十代の休日だろう。が、運がいいのか悪いのかそこで買いためてあったマザーボードにピッタリのCPU (中古)を発見。勢いあまって、最終的に買うことに。

 ちなみに、Pemtium3の700Mhz Slot1だった。今までが同Cpuの500Mhzだったから、スピードアップとニューマシンが完成させることが出来ると言う喜びと共に、組み立てに乗り出した。

 しかし、この手のことをやるとよくもまぁ。トラブルばかり起こるもので。

 結局、二十二日の夕方から今日の夕方まで掛かってしまった。おかげでマシンはかなり早くなり安定性も増し、メモリも増えて万々歳だったが。その恩恵を実感するまでまだまだ時間が掛かりそうだ。

 これで、ようやくXPが軽快に動く。よりよい世界に一歩踏み出せることになるのだろう。しかし、問題は。自作している方ならご存知だろうが、XP・2Kと言えば異なるチップセットのハードへの移し変えは気軽に出来ないのである。しかもあろうことか、最悪起動しないし、XPに至っては動きもしない。再アクティベーションも必要になる。結論から言えば、また再インストールする羽目となり、今日の昼からは環境構築に腐心した。

 予想では、昼ごろにはすべてが完成し心躍る仕事率が待っていたはずなのに。気がつけばどうして自分はこんなインストール珍道中を書いているのだろうか。


2004/05/19 title = 立てこもり犯
 宇都宮市で暴力団員による立て篭り事件が発生して、早一日以上が経っているそうだ。なんでも拳銃数丁に軽機関銃一丁、拳銃弾数百発を所持。加えてダイナマイトまで持っているらしい。

 にしても、最近犯罪者の間で立て篭もりが流行っているのだろうか?
 確か、一年前くらいにも運送会社で立て篭もった男がいたし、その前にはライフルを持って家族を射殺し立て篭もった事件もあった。しかし、このようなやれ人が死ぬだの立て篭もったとか役人が中学生とラブホテルで繁殖行為に及んだ… など廃れた世の中になってきている。

 何を信用して何を頼りに生きていけばいいのか。
 何を正しいと認め、何が間違いかを知り、どう歩いていくか。それが強く求められる時代なのだろうと思う。少なくとも私と同じ世代の人間はそれを持っているかいないかで、充実した人生を送るか否かが決まるのだと思う。とは、言っても。何世代か前の 「充実」 とは若干違う充実だろう。経済的に富裕で、地位も名誉もあり自分の好きな事… ではなく。おそらく、自分が在るがままに生きていて、それに満足感を覚えた上で多少経済的に余裕がある。それが新しい充実の形なのかもしれない。

 話を立て篭もりに戻すが。結局立て篭もりは犯人の個人感情にしても、犯罪そのものとしても充実した時間とは言い難いし、立て篭もった事で得られるものなど何もないだろう。もし、もっと犯罪そのものの成果や充実を目指すなら、むしろ打って出るべきである。そうすれば警察も遠慮なく犯人を射殺することが出来るし、その事実は同じような犯罪をたくらむ輩に警告を与えることになるだろう。

 現場付近は住宅街なのだそうだ。人の迷惑も少しは考えてくれてもいいのではないのだろうか。


2004/05/18 title = 無料で開通サポート?
 ADSL開通サポート。なるものが最近流行っていると言う。かような物は全て自分で行うものだと思っていたのだが、あれこれ思案し面倒な手順を踏むのが手間であるからプロバイダや販売店に幾ばくかの手数料を支払ってやってもらうのである。

 開通すれば、後は野となれ山となれ。後は楽しむだけである。
 しかし、大半の人は最初の一週間でインターネットに飽きてしまうらしい。この傾向は中高年の方に多いとか。魔法の箱、なんでも出来る… という言葉に騙されて本気で何でもコンピューター 一台だけで出来ると過度な期待を抱いて始めるのだ。その失望たるや、思わず呆けも進行していくのだろう。

 さて、今日は友人のADSL開通日である。先日、モデムとルーターの設定を請け負ったのだが、今日は開通サポートである。これも好きでやっているのだが、一体これをどこぞの販売店に同内容のサポートを頼むと幾ら掛かるのだろう。

 モデム・ルーターの設定と、セキュリティツールの導入… 万単位になりそうで少しばかり怖くなった。ちなみに私は全て自分で行ったタチである。去年の春導入した時は、ルーターとモデムの設定に一日半掛かりツールの選別と導入に三日掛かったような気がする。やはり、この手を導入するなら世話焼きの親友に頼み込んだり、それとなく匂わせておけばいいだろう。
 特に私のような人間だと、最後まで手取り足取り世話を焼くのだろうから。


2004/05/17 title = 明日は面接
 もうそろそろのんべんだらりとしていられなくなった。
 無論、大学には行っているが放課を過ぎ眠りにつくまでの時間を無為に過ごしていく生活に嫌気と焦燥感を覚えた。高校一年から何かしらのアルバイトをするのが、当たり前だったこの身は予想通り空白の時間に拒否反応を示しているのだろう。

 と、いうことで。早速一社、アルバイトの面接を取り付けた。見れば正社員登用の途ありとのこと。どうせ、この就職難の時代に優秀な人材を出来るだけ長く留まらせようとする為のブラフだと思うのだが。そうは思っていても関わりたい業種だから、あっさり釣られてしまった。

 もし、アルバイトとして大学が邪魔だと言われたら。あっさり自分は大学を辞めてしまうような気がする。何者にもなれはしないのだろう、だからこそ。たった一人誰かに必要とされるならどんなプライドであろうと捨てて見せよう。その為ならば、どんな大切な物も捨ててしまおう。

 などと。いささか子供じみたようにも、決意を帯びたような思いを抱きながら早速明日面接へと赴く。恐らく不採用だろう、なんて思いながら。岐路に立った私はそろそろ本気で物事にぶつかろうとしていることに気づいた。

 なんて格好の悪いこと。絶え間ない努力を続けた他者にとって、曖昧な決意を掲げた人間がどれほど無様で不快か私は知っている。知っているからこそ、下を向いて黙って努力するしかないのだろう。人は、世界と向かい合う時は何時も独り。何の武器も持たないまま吹きさらされる。ただ、そこに至るまでにどれだけの防寒具を身に着けるか。それによって苦楽も多少変わる。これから新しいアルバイト先… 就職となれば今着ているものでは寒すぎて凍死してしまいそうだ。

 それもいいかな、なんて思った。


2004/05/16 title = 悪夢と心理
 なんだか、今日を含めて二回とも日記と言うより随想・随筆のようなものを書こうとしている。それは、このサイトにおける本来の趣旨から逸脱しているようにも思えるが、常に何かを文章にしつづける。と言う事が、私の生活に絶えず必要なのだからこそなのかもしれない。

 先日友人とメッセンジャーで会話していた時、突然相談を持ちかけられた。聞けば、悪夢を続けてみてしまい気持ち悪くて眠るのも億劫だ。などと言うのだ。なんとか、この不安を取り除けないものか、出来ればもう悩まされたくもないのだが。

 おおよそ、そのような感じであった。

 そもそも、夢と言うのは睡眠中での 「記憶の整理・願望の再現」 や 「無意識下にある欲望の提示・又は仮想的な昇華」 また 「抑圧したストレスや欲望」 を表すもので浅い眠りの際に見るものである。従って、悪夢やそれに類似したものを見た場合はまず真っ先に夢の内容よりも思い当たる原因を考え、改善していくことで悪夢が解消されることが多い。

 また既往症として極度の躁鬱や精神的な疾患・障害がある場合、主治医や担当カウンセラーに相談するのがいいだろう。先に挙げた既往症がある場合は一概に、先に挙げた考え方では悪夢を解消できない可能性があるからだ。

 だが、ここで注意したいのは。 「悪夢を見る」 と言うのは健康な人間の証拠であるということだ。悪夢を見ると言う事自体が、何らかの困難や情動が顕著に表れた証拠であり、それに対して無意識下で葛藤しているからこそ悪夢を見ることになる。

 つまり大事なのは、悪夢の内容では無く悪夢の原因を探ることである。特に、何日か悪夢が続いた場合は偶発的なものとは考えにくく、自己に何らかの問題や葛藤(悩み)があることを意味する。強いストレスがあった場合もこのような悪夢を何度も見ることがあるだろう。

 さて、件の友人氏の悪夢は知らない女性と二人きり並んで外を見ながらあれこれと話す悪夢らしい。どこが悪夢かと言えば彼は彼女を全く知らないにも関わらず、夢の中の彼は彼女と知り合いであること。そして、夢の中の彼が幾つも思い当たる彼女の名前を挙げていくが、全て彼女の名前ではないこと。 …そんな悪夢だと言う。

 これを聞いて、私は真っ先に 「自己の不一致」 と言う単語を思いついた。いささか不適当ではあるが、女性は 「今あるべき彼」 で彼が彼女の名前だと思い口にする名前は 「こうあるべきであろうと彼が思う自分」 なのではないか。つまり彼は、こう自分は在りたいと思うことと、周囲がこうあってほしいと思うことの差に悩んでいるのではないか? と考えた。

 が、かような考察は他人がしてやっても意味がない。本人が考え納得しない限り、何らかの原因が潜んでいる限り、続いたりするものなのだ。逆にこのような第三者が考えた原因を鵜呑みにする方が良くないことであろう。自分の心を手入れできるのは所詮自分だけ。友人や連れ合いなんぞはほんの少し、材料を提示することだけしか出来ない。


2004/05/10 title = Winny開発者逮捕に見る、「表現の自由」の危機
[元の日記から臨時に記事差し替え]
 この日記でニュースに対する見解を書くことには無いだろうと思っていたが、まさか書くことになるとは。
 知っている方は知っている… ファイル共有ソフト 「Winny(ウイニー)」 の開発者が本日午前、著作権法違反幇助の疑いで逮捕された。このソフトは使用したことがある方は分かるだろうが、暗号化したP2Pネットワーク上でファイルを共有しダウンロード出来る物。このニュースを知っている方は記事でも見ただろうが、実際かなりの数の違法ファイルが共有されている。

 報道されている事実だけ聞けば、 「悪意のあるソフトを」 「その悪意のままに開発し」 「一般ユーザーを違法行為に走らせた」 と取れる。が、実際はここ最近官公庁の職員による同ソフトの職場での利用で機密書類が漏れ出す被害が相次ぎ今回の逮捕となった。

 が、報道や逮捕した京都府警の言い分にはどうも納得できない。

 簡単に言えば、殺人犯が使った包丁がたまたま良く切れる包丁だった。果たして、包丁を製造・販売した会社に責任を問えるか… と言う事だ。
 勿論、インターネットに纏わる刑事事件はそう簡単なものではない。が、今回の逮捕は私を初めとする数多くの物書き、絵描き、プログラマーに深刻な影響を与える可能性がある。

 それは何故か。例えば、人間の闇を映し出そうとする小説を書く。そこで登場人物の視点でこまやかに殺人描写があった、とする。それを読んだ読者が同じような犯罪に手を染めたとしたら。

 現在は幸いにも小説が引き金となった殺人とあからさまに露呈した事件もない。が、今回のWinny作者の逮捕は、いま例示したような事があった場合。私達のような表現者 (制作・開発者) をも逮捕される可能性を示した。これは「表現の自由」を奪うものになりかねないと私は危惧する。猫も杓子もしょっぴけばいいというものでもない。

 とは言え、今回やり玉にあがったソフトはともすれば夢の未来技術の一つ。我々がかつて抱いた夢の未来世界は、何かと問題や犯罪の多いものなのだと言う事をエンジニア・クリエイターは自覚しなければならないと言う事だろう。


2004/05/08 title = IF
 何事にも 「もしも」 と言う物を持ち出すとそれこそキリがなくなる。なんてよく言われる。もし、太平洋戦争で枢軸国側が勝っていたら。もし、人類が木星圏を超えた所までその住処を広げていたら。まったくキリがない。

 そんな数あるトンデモなIFを考えるより、ありそうでなさそうなIFを思いついた。それは友人との会話の中でずっと考えていたこと。つまり、私が男ではなく女だったらどうしよう?

 テレビの前の貴方もちょっと考えてみるといい。もし貴方が反対の性別になっていたら。果たして今の自分に辿り着いたかどうか。根本的な差異は兎も角として、性格や立ち振る舞いは果たしてどうなっているのだろう。

私(管理人)の場合を考えた

■今の(男性の)藤 秋人[概要]
 人当たりは悪くないが、笑顔の裏で人見知り。交友ポリシーは狭く深く… 付き合うほうが大変そうだ。些細なことを気にするのが祟ったのか、激しくコンプレックスだらけ。
 友人に対しては時に過剰な世話を焼きたがる。駄目人間、そんな自分が嫌で仕方ないが今更改善する気もない。好きな言葉は 「今まで俺は宇宙の隅から隅まで回ってきたがフォースなんてもんにはお目にかかったことがない。まぁ、俺の見てねぇモンは皆イカサマってこった(ハン・ソロ)」 。言動、行動基礎は経験を何よりも優先。

■IFを考える上でのポイント
 「話を聞かない男と、地図が読めない女」 と言う本もあるくらいなので各要素を反転させるとちょうどいいのかな? (専攻外の心理学を必死に勉強したくせに… 何、このしょぼい考察材料)

■IF、藤 秋人 [仮想女性化後 概要]
 基本的に人当たりが悪い。初対面の人間には素でおびえる。堂々と人見知り。交友ポリシーは浅く浅く、いやっ! 私を見ないでぇ。一方で性格的に大雑把なので根が馬鹿。(例:今日痴漢のおじさんが私のお尻触らないのはきっとホモだからだー) むしろ痛め。
 コンプレックス少な目。人見知りするのは相手がおっかないからに違いないよ。友人に対して適当に世話を焼く。駄目人間、そんな自分が大好き。好きな言葉は 「送ってあげようお米券」 。言動、行動基礎は基本的に行き当たりばったり。

■このテキストを書くまで二時間かけて考えたのに
 結局、駄目人間ってところだけは変わらないなと実感。実際にこんな自分だったらと思うとなぁ………


2004/05/05 title = 出会ってしまった
 なんだか良く判らない内に久しぶりのGWとやらは最終日を迎えていた。本当、この休み中何をしていたかを振り返るたび、頭が痛くなる。何もやっていないようで結構アレコレやっていたのか… なんて。まるで小学生に於ける夏休みのようだ。

 さて、前日の夜から今日の朝方にかけて友人である近藤 みのる氏と一晩中おかしなロボットシュミレーションゲームをやっていた。いわゆるスパロボ系とは一線を隔したゲームで不親切なインターフェースとヤケクソなまでに突き詰めたシステムの所為で、仕組みを理解するまでが長かった。

 そんなゲームとの出会いの所為で昨日一日が潰れ、今日は今日で午前を殆ど寝てすごす。いや、だめな人間の典型のようだ。

 して、今日はもう一つの出会いがあった。

 それは、懐かしくも二度と口にしたくない。ある飲み物との再開だった。


 ポッカ製乳飲料「プリンシェイク」との実に四年ぶりの再会。

 味は… プリン。缶を五回振れば「プリンそのものの食感」、十回振れば… いや、もう考えたくない。そういう飲み物だった。

 何を思ったのか、つい手が伸びた。この珍妙な飲み物には色々な思い出があった。その時これを一緒に飲んでいた連れが 「うん、確かにプリンだね。私もう飲めないから妹にあげよーっと」 のたまう程のものだったと言うのに。

 今こうして日記を書いている時点で既に飲んでから四時間が経過している。このまま何もなければよいのだが。


2004/05/03 title = 黒いボディのにくい奴--3
(話の流れは前月の日記、同タイトルのものを参照)

 次の日、一世一代の大勝負に出かけた。勿論、狙うは2.5インチ←→3.5インチハードディスクコネクタ変換器を買うことだ。DOS/Vパラダイスと言ういかにもそれっぽい… 組み立てパーツショップへ出かける。さぞ変換器は高かろう… と思いきや、夏目一人にも及ばない脆弱な… 否。お手軽な値段だった。早速購入。

 しかし、ここで欲が出た。中古とは言え、スペックは十分。インターネットも出来るといいな。

 件の黒い奴にLANコネクタはない。そんなハイカラなものの代わりに素敵なモデムが付いていた。正直なところ、そんな物を使おうものなら憤死物である。人間、高速の恩恵を受けるともう不便だった時代に戻りたくない… そういうものだ。
 そこで、LANカードを買うことにする。間違ってはいけない点として、PCIバススロットに差すタイプではなく、PC-CARDの物を買う。我が家には無線LANなんてブルジョワジーなものなどないので素直に有線タイプの物を買うことにした。二千八百円、意外と安かった。

 そしていよいよ、2.5インチのノート用ハードディスクに変換器を合体させていつも使っているデスクトップに差し込む。さまざまな手順を経て、Windows98を放り込んだ。

 結果から言えば成功した。確かに成功したのだ。大喜びし、黒い奴に再び移し変えた。スイッチを押し、見慣れた起動画面が現れる、成功だ!

 が、ここで問題が発生する。インストール時に使ったデスクトップの機械構成と、運用側の黒い奴の機械構成がかなり違う

 即座にWindowsが不満を訴えた。

「判らないことが多すぎる。これでは闘えない! 」

 愕然とした。そしてWindowsは己の知識が閉じ込められたCD-ROMを要求する。が、この黒い奴はもうそれを読み込む術を失った喪失者なのだ。私は静かにWindowsに告げる。

「すまない、この戦場ではCD-ROMの支援はない」
「馬鹿なっ… 」

 それでもWindowsは動いた。動こうとした。右も左も判らないと言うのにビープ音が拒否反応を示しても彼はもがき続けた。

 歯痒かった。人間の私は何も出来ないのか。いや、生暖かい妄想に浸って、もがくゲイツOSを見て何が変わると言うのだろう。私はいつも使っているXPを起こしCD-ROMにWindows98を挿入した。その理由を問われながら 「あの黒い奴ごと見捨てる気か!」 との野次が飛びかう。フロッピーディスクを挿入し、Aドライブと検索窓を開く。

「今も黒い奴の中で闘う彼らを私は見捨てようとは思わない。今から行う作戦は困難を極め、彼等の支援要請に応える内に彼等が全滅することも、私が根負けする可能性も考えられる。だが、あんなロースペックのマシンでも、デバイスドライバがないにも関わらず彼等は闘ってくれている。われわれを信頼する彼等をどうして見捨てられるだろう。今からフロッピー越しにドライバを持って突撃に行こう。私につづけっ! 」

 多分、その時私と彼等は一つの戦闘集団となってなだれ込んだ。Windows98CDROMから彼等が欲するドライバを検索し、フロッピーに放り込みリレーした。実にその作戦は四時間に及び、支援する側もされる側も徹底的に疲弊した。

 しかし、我々は勝利した。勝利したのだ!
 まだ幾つかの問題は依然残っている。例えば、内蔵時計の電池が切れているだとか、実はメモリが15MBだったりだ。しかし、我々は前進する。完全に向かって、爽快感に向かって!



main menuへもどる